キングダムの裏話

キングダムで函谷関の戦いで登場した汗明と臨武君の扱いがおかしいと思うのは私だけでしょうか?

クレームを言いたいわけではない

この記事を書くにあたって、私はキングダムの作者にクレームを言いたいわけではありません。
ただ、史実と違うな〜と思ってしまったのです。汗明も臨武君の実際に史記にも書かれていますし、実在した人でしょう。
それなのに、史実と比べて扱いがおかしいと思いました。その点をお話ししてみたいと思います。尚、扱いがおかしいと言っても、史実で汗明と臨武君の二人が大活躍して信を討ちとりさらに、秦を亡ぼしたとか、そう事はありません。扱いがおかしいと思ったくらいです。

史実の汗明とは

史実の汗明は、諸国を回って自分の考えを説くことを事をしていました。
この時代は、諸子百家とか言って、様々な人が自分の説を王様に売り込もうとしていたわけです。もちろん、王様に採用されれば、一気に高位に付くこともあります。
合従・連衡など様々な説を言う人がいたのです。ちなみに、合従策と言うのは、強国である秦に対して、他の6国は同盟を結んで対抗しようという物です。
春申君と李牧が5カ国連合軍で秦を攻めましたが、これは漫画で言われているように合従軍となります。
同じように汗明も諸国を回って、自分の考えを受け入れてくれる人を探していたわけです。汗明は春申君に会いに行きました。その時に、春申君は、汗明の話を聞いて、いい話だとは思ったけど、また会おうとか、食客として養う気にはならなかったようです。
しかし、汗明が人を理解するには、堯や瞬のような聖人であっても3年は掛かるという話をしたそうです。これに春申君は納得して、食客に加えたそうです。
その後、汗明は自分が士官したいと考えて、春申君にお願いしました。その時に才能がある人を用いないのは残念な事だ」という事を言ったそうです。これで春申君が士官を許したのかは分かりません。
続きが書いてないからです。汗明の史実に登場するのは、これだけなんです。
別に函谷関を春申君と共に攻めたとか、函谷関で死亡したとか、そういう記述は一切ありません。キングダムの作者が汗明のその後を考えたのかも知れません。
ここで春申君が士官を許し、その後、汗明は自分は弁舌よりも武将の方が向いていると悟りついには出世して将軍となったというストーリーです。
ゼロでは無いかも知れませんが、史実の汗明を見る限りでは難しいかなとも思いました。キングダムとは史実とは全然違う人ですよね。

史実の臨武君はどんな人?

臨武君なのですが、楚軍の戦法として戦いますが、残念ながら敗れてしまいますよね。
実際の臨武君が秦に敗れたというのは事実のようです。しかし、どの戦いで敗れたのかは一切わかりません。春申君が臨武君を将軍にしたいと言うと、臨武君は昔、秦軍に敗れて怖くなってしまっているから、とても将軍は任せられない。
臨武君を将軍にするのは、やめた方がいいと進言されたという事です。この話が史記にあったのか戦国策にあったのかは忘れてしまいました。そこは、申し訳なく思います。
話の内容もたとえ話を使って、春申君を説得した話でした。
結局、臨武君はこの話くらいしかエピソードがないので、史実ではとても名将には見えませんよね。

この頃の楚軍は強かったのか?

春申君の時代の楚なのですが、既に全盛期を100年以上も過ぎたような国です。春申君列伝によると、春申君が宰相の位にいた時は、魯を亡ぼすなど国に勢いがあったような事も書いてあります。
しかし、楚世家の方では、既に弱体化していたような事が書かれていました。汗明や臨武君は、楚は人口が多いとか、楚は他の国に比べて将軍になるのが大変だと色々と楚の自慢を言いますが、函谷関で戦った時を考えると、土地の広さでも人口の多さでも秦は楚を圧倒していたでしょう。
国力に関しても、倍以上あったかも知れません。その事実を汗明や臨武君が知っていたかは分かりませんが、歴史を知っている人がみると、勘違い発言に感じてしまうわけです。
それでも、実際に登場した人物を無理やり将軍にしてしまったりしてしまうキングダムの作者の想像力もある見事だと思いました。
ちなみに、楚軍の女将軍はオリジナルキャラだと思われます。
まあ、戦場に女性が行くのは明らかにおかしいので、やはり架空の人物だと考えるのが普通です。

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