殷王朝

妲己は悪女の代表格だが、実在しなかった説も有力である

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妲己は殷の紂王の妃であり、古代中国の三大悪女の一人に数えられます。

一般的には、殷の紂王の寵愛を受け、殷を崩壊に導いた悪女として描かれています。

しかし、史記などによれば簡略な記述しかなく、どれ位の事をしたのかは不明です。

史記や諸子百家の書物では、妲己に関しては簡略な記述しかないので、今回は前漢の劉向により編纂された列女伝の記述を多く使う事にしました。

尚、殷の時代の事が書かれている甲骨文字には、妲己に関する記述がなく、妲己は架空の人物ではないか?とも考えられています。

個人的には、妲己は存在しなかった可能性が高い様に思います。

因みに、古代中国の三大悪女の残りのメンバーは、夏王朝の最後の王である桀王の妃である末喜周の幽王の妃で笑わない美女とされる褒姒が挙げられています。

封神演義では、主人公は太公望ですが、史実の太公望と妲己の関係はよく分かっておらず、太公望呂尚自体も架空の人物とする説もあるほどです。

 

史書による妲己像

列女伝を中心に、史書における妲己がどの様な人物なのか紹介します。

妲己を手に入れた経緯

妲己は殷の紂王の妃であり、紂王が有蘇氏を討った時に、有蘇氏が妲己を妻として献上したとあります。

封神演義などでは、費仲や崇侯虎などを混ぜ合わせ、妲己の父親である蘇護や兄の蘇全忠などが登場するなど、ドラマチックに演出されています。

しかし、史書などの記録を見る限りでは、蘇護や蘇全忠などの記録はなく、紂王が有蘇氏を討った時に、紂王が手に入れた事だけが記載されている状態です。

この出会いが、殷の紂王を崩壊に導く事になります。

 

妲己の人間性

列女伝には、妲己の人となりが描かれています。

それによれば、「妲己は美貌で口達者であり、心はねじけていて、身には媚を溢れさせ、顔にはへつらいの表情をいっぱいに浮かべていた」とあります。

これを考えると、妲己は美人ではあり、男(紂王)に媚を売るのが上手く、寵愛されたと言う事なのでしょう。

尚、紂王は頭の回転が早く臣下が諫言しても、自分が正しいと言いくるめる事が出き、猛獣を素手で倒す程の腕力があったとされています。

さらに、能力を臣下に誇り、名声によって世を見下し、人は皆が自分よりも劣っていると考えていた話があります。

それを考えると、自信満々の紂王をさらに、気持ちよくさせ暴走させたのが妲己とも言えるでしょう。

殷の紂王と妲己は、典型的な破滅に向かうカップルとも考える事が出来ます。

 

妲己の影響力が文化・政治に及ぶ

殷の紂王にとって妲己は愛すべき存在であり、妲己を離さなかった話があります。

さらに、妲己が褒める者は、高官に取り立て、妲己が憎む者は処罰しました。

妲己が文化面でも影響を与えた話があり、新様式の淫らな歌や、北方の蛮族風の舞、心をとろかす様な楽曲を作ったとあります。

さらに、殷の紂王は珍奇な物を手に入れれば、妲己の為に後宮に仕舞いこんだ話もある程です。

妲己に気に入られる事が出来れば、多くの財物が手に入る事で、妲己にへつらった者や宮女たちは、多くの財物を手に入れる事になります。

こんな事をしていて、国が乱れないわけがありません。

 

酒池肉林を喜ぶ

殷の紂王と言えば、酒池肉林を思い出す人も多い事でしょう。

殷の紂王は酒粕を積み重ねて丘を作り、酒の池、肉の林を作る事になります。

さらに、男女を裸にさせ追いかけごっこをし、長夜の酒宴を開く事になります。

これが酒池肉林であり、妲己は喜んだ話があるのです。

これを見ると、妲己を喜ばす為に、殷の紂王は酒池肉林を行った様にも見えます。

尚、民衆は殷の紂王や妲己の酒池肉林に対して、憎悪の感情を向けたとする話があります。

 

炮烙の刑を考案

殷の紂王や妲己が淫楽に耽る様になると、諸侯の中に背く者が出る様になります。

そこで妲己は、次の様に言った話があります。

妲己「刑罰が軽く生易しければ、威信が立たないに決まっております」

そこで、紂王は刑罰を重くし、考案したのが炮烙の刑だとされています。

炮烙の刑は、銅の柱を横にし油を塗り滑りやすくしておき、下からは炭火で熱を加え、罪人に柱の上を歩かせます。

もちろん、罪人は滑って転落し火だるまになりますが、それを見て妲己は笑い興じて喜んだとあります。

尚、封神演義では周の文王の長子である、伯邑考を肉餅(ハンバーグ)にしてしまったのは、妲己が考えた事でもあります。

 

比干の死

殷の家臣である比干は、殷の紂王を諫める事にし、次の様に述べています。

比干「先王の常法を守らずに、娼婦の言いなりになっていては、必ずや禍が訪れる事でしょう。」

比干は殷の紂王を諫言したわけです。

それに対して、妲己は次の様に述べています。

妲己「聖人の心臓には7つの穴があり、穴には9本の毛が生えていると聞いております。」

これを聞いた紂王は、比干を処刑し体を解剖してしまいます。

殷の紂王は、狂人となった一族の箕子を捕え、紂王の兄である微子啓は、殷を捨て亡命する事になります。

列女伝の記述によれば、史記などの紂王の悪辣さは、妲己が原因とも言えるでしょう。

 

妲己の最後

殷が末期状態になると、周の武王は軍を起こし、諸侯の軍と共に牧野で殷の紂王の軍と決戦を挑みます。

牧野の戦いでは、殷軍は数は多かったのですが、戦意が無く周と戦うどころか、紂王に矛を向けた話しもあります。

牧野の戦いで大敗した紂王は、鹿台に登り宝玉の着物を着て自刃する事になります。

周の武王は、妲己を許す事はせず、妲己の頭を斬り落とし次の様に言った話があります。

周の武王「紂を滅ぼしたのは、この女(妲己)である。」

殷の文化や政治を乱し刑罰を重くしたのが、妲己であるのならば、周の武王の言葉は的を射ていると言えるでしょう。

 

妲己の評価

書経には、次の言葉があります。

「牝鶏(めんどり)は夜明けの時刻を告げぬ。牝鶏が夜明けの時刻を告げるとき、家は滅びる」

さらに、誌経には次の様に書かれています。

「君主はくだらぬ小人の言葉を信じ、世の乱れ、いよいよ激しく。かの輩は職務を慎まなければ、これぞ王の悩みとなり」

書経や詩経の言葉は、殷の紂王が妲己の言いなりとなり、国を滅ぼしてしまった事を指しています。

頌(しょう)には、「妲己は紂に連れ添い、紂を惑わす事にのみ費やした。」とあり、妲己の評価は最低となっています。

史書の妲己の姿を見る限りであれば、美人ではありますが残虐でもあり、最低の部類の女性という事になるでしょう。

ただし、ここまで悪い女性は滅多に見かけない事もあり、後述しますが妲己は架空の存在だとする説があります。

 

妲己は周公旦の策略だった

妲己は、周公旦が殷を乱す為に送り込んだ女性だとする説があります。

越王勾践の配下である范蠡が、呉の国を乱す為に夫差の元に西施を送り込んだ様に、周公旦が殷を乱す為に妲己を送り込んだとする説です。

周公旦は、父親が周の文王であり、兄に周の武王がいて、周の成王の時代は摂政として政治の中心にいた人物となります。

周公旦は、孔子が理想の人物と挙げている事でも有名と言えます。

周公旦が妲己を殷に送り込んだとする説ですが、周公旦の「旦」の字の左側に「女」を入れれば、妲己の「妲」という字になるからです。

これは偶然の確率が高い様に思いますが、周公旦が殷を乱す為に、妲己を教育し、殷の紂王に送り込んだとする説もあります。

個人的には、信憑性は薄いかなと感じております。

 

妲己は存在しなかった

妲己は、存在しなかった説ですが、個人的には妲己は存在しなかった様に思います。

ただし、妲己という名前ではなく、似た様な女性はいたのかも知れません。

妲己が存在しなかった説ですが、甲骨文には妲己の名前が一切出て来ません。

さらに言えば、殷の紂王は東方遠征などにより、民に負担は掛けたのかも知れませんが、衰えた殷を立て直そうとした精力的な君主だった話があります。

史書に登場する悪辣な紂王や妲己の話は、死後数百年して書かれ、勝利した周の武王側をよくせ見る為に、悪く書かれたのが史実に近いようです。

尚、甲骨文から見る史実の殷の紂王は、決して女性に溺れたわけではなかったとも言えるでしょう。

ただし、殷の紂王は中央集権化に失敗し、周に滅ぼされた側面もあります。

ここまで書いておいて、申し訳ないのですが、殷の妲己は存在しなかった可能性が高いと言えるでしょう。

諸子百家などが自説を有利に展開する為に、作ったのが悪辣な殷の紂王と妲己と考えた方がよいです。

尚、金文には周の康王の話で、「殷が滅んだのは君主も家臣も酒に淫し、天命を顧みなかったからである。」と述べています。

これを見ると周の3代目である康王の時代には、殷の滅亡理由は紂王と妲己だけではなく、殷の家臣団にもあった事が書かれているわけです。

尚、古代中国の三大悪女とされる末喜、妲己、褒姒は、全員が存在しなかったとする説もあります。

 

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