春秋戦国時代

高漸離は筑の名手にして刺客となる

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高漸離は荊軻の友人であり、始皇帝の暗殺を狙った人物でもあります。

高漸離は史記の刺客列伝にも登場する実在の人物であり、筑の名手としても知られています。

友人の荊軻が始皇帝(秦王政)の暗殺に失敗し、荊軻の仇を討つために始皇帝の命を狙ったと言われています。

始皇帝の命を狙ったと言えば、劉邦の軍師となる張良荊軻が有名であり、高漸離は知名度が低いと言わざるを得ません。

しかし、高漸離も張良や荊軻に負けない位の男気があったと言えるでしょう。

 

荊軻と友人になる

高漸離の友人の荊軻は、衛の出身でしたが燕に移って来る事になります。

高漸離は、燕に来た荊軻と友人になります。

荊軻に関しては、衛の出身だと書かれていますが、高漸離がどこの出身なのかは記録がありません。

最初から衛に住んでいたのか、秦の諸国への侵攻に嫌気が指し、燕に移ってきたのかは不明です。

高漸離と荊軻と、犬殺し(名前は不明)は気心があったのか仲良くなった話があります。

高漸離、荊軻、犬殺しの3人は、燕の市中で酒を飲み、酔いが回って来ると、高漸離が筑を打ち、荊軻が歌い、衆人の中で楽しみ、最後は泣き合ったと史記にあります。

これを見ると、荊軻と高漸離は気心を許した義侠の繋がりを持つ者であり、心が交わった仲だと言えるでしょう。

 

荊軻が始皇帝の暗殺に失敗する

燕の太子丹は、連日の様に趙、魏、韓などを攻め、秦の禍が燕に及ぶことを心配していました。

燕の太子丹は傅役の菊武から田光を紹介して貰い、田光は荊軻を推薦しています。

太子丹の依頼により、荊軻は秦舞陽を連れ、燕に逃れていた樊於期の首と、督亢の地図を持ち秦に向かう事になります。

燕の太子丹や高漸離は、荊軻が帰らぬ人になる事は分かっていた為、白装束で易水の畔まで見送っています。

さらに、易水の畔では高漸離が筑を鳴らし、荊軻は次の様に歌っています。

風は蕭々として易水寒し

壮士一たび去って復た還らず

歌が歌い終わると、荊軻は高漸離達に別れを告げ、秦に向かう事になります。

荊軻は秦の宮殿では惜しい所まで行きますが、秦舞陽がビビッて動けなくなった事もあり、始皇帝暗殺に失敗し命を落とす事になります。

荊軻の暗殺が失敗すると、始皇帝は激怒し将軍の王翦に燕の攻撃を命じ、燕の首都を落とし、燕の太子丹は李信が討ち取るなどもありました。

燕王喜は遼東に逃げますが、燕は風前の灯火となってしまいます。

 

高漸離の始皇帝暗殺計画

高漸離は始皇帝の暗殺を計画し、実行に移しています。

隠れて仕事をする

秦は戦国七雄の国々を滅ぼし天下統一する事になります。

勿論、秦は遼東半島に逃げていた燕をも滅ぼしています。

高漸離は名前を変え庸人となり、宋子(河北の地名)に隠れて労働しましたが、苦労が多かった話があります。

荊軻の暗殺が失敗した事で、荊軻と仲が良かった高漸離を秦は指名手配し、高漸離は隠れて労働するしかなかったのかも知れません。

高漸離は雇われ仕事であり重労働だったのでしょう。

因みに、楚漢戦争で有名な張耳と陳余も、秦に指名手配された話があります。

 

筑の腕を認められる

高漸離は、主家の堂上で客が筑を打つのを聞くと、「あそこがダメだ」など評価した話があります。

主人が高漸離が筑の事を論じている話を聞くと、高漸離に筑を弾かせてみました。

高漸離が筑を弾くと、皆が褒め称え酒を与えた話があります。

高漸離は築に対して、かなりの腕前があったのでしょう。

 

卓越した筑の技術

高漸離は世間から身を隠していたわけですが、「このまま逃げていても仕方がない」と考え、晴着を着て容貌を改め、皆の前に姿を現す事になります。

高漸離の姿を見た者は、対等の礼で主賓として扱い、高漸離は筑を弾きます。

高漸離の筑の腕前は凄まじく、聞いた者で涙を流さなかった者はいなかったとあります。

宋子の人々は、高漸離を讃え、次々に客として迎える様になるわけです。

 

始皇帝の暗殺を狙う

高漸離の噂は、始皇帝の耳にも入り召し出される事になります。

しかし、始皇帝の群臣の中で高漸離を知っている者がおり、「あれは高漸離です。」と伝えた者がいました。

始皇帝は高漸離を危険人物だとは思いましたが、筑の腕を惜しみ目を潰し赦す事にします。

高漸離の卓越した筑を聞いているうちに、始皇帝は高漸離を次第に近づける様になりました。

高漸離はこれをチャンスだと思い、筑に鉛を仕込み始皇帝の命を狙う事になります。

高漸離は始皇帝が近づいた時に、筑を振り上げて始皇帝を撃ちますが、結局は外れてしまい誅されています。

ここにおいて、高漸離も命を落とし始皇帝暗殺は失敗したと言えます。

始皇帝は高漸離の暗殺以後は、他国人を自分に近づける事は無かったと記録されています。

始皇帝にしてみれば、それだけ高漸離の暗殺を脅威だと感じていたのでしょう。

始皇帝は荊軻、張良、高漸離に命を狙われて助かり、天寿を全うしたのは悪運が強いと言わざるを得ません。

 

荊軻のお供が高漸離なら暗殺に成功したのか?

荊軻の記事では、荊軻のお供を高漸離にすれば、始皇帝の暗殺は成功したのではないか?とする話をしました。

秦舞陽は、いざという時に動けませんでしたが、高漸離なら動ける様に感じるからです。

しかし、高漸離の場合は、筑の腕が余りにもあり過ぎてしまい、有名であり知っている人も多かったのかも知れません。

高漸離は燕の街中で荊軻らと酒を飲み、筑を鳴らした事で知っている人も多かった様に思いました。

それを考えると、秦の宮廷に行っても怪しむ者が多く、暗殺に失敗した可能性もあるでしょう。

ただし、荊軻が始皇帝の前まで行けたわけであり、高漸離も始皇帝の前まで行ける可能性もあったようにも感じます。

やってみないと分かりませんが、高漸離が荊軻のお供をした場合は、荊軻は始皇帝を追い回すまでも行かずに、逮捕され処刑される可能性もあるのかなとも感じました。

これも歴史のIFとなり、やってみないと分かりませんが、想像力を働かせてみるのも面白いのかも知れません。

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