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呂伯奢一家惨殺事件は正史にも記録がある出来事

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呂伯奢一家惨殺事件は、呂伯奢の一家を曹操が誤って殺害した事件を指します。

呂伯奢の家族ら8人を曹操が殺してしまった事件に関しては、三国志演義では陳宮も交えてドラマチックな展開となっています。

正史三国志の注釈にも、呂伯奢事件は登場しますが、正史の方では呂伯奢は登場しません。

呂伯奢の子が登場するだけです。

呂伯奢事件は正史三国志の『魏書』『世語』『雑記』にあり、それぞれパターンが違います。

今回は曹操が引き起こした呂伯奢事件を三国志演義や『魏書』『世語』『雑記』を交えて、違いなどが分かる様に解説します。

呂伯奢一家惨殺事件は、曹操を主人公にした蒼天航路などでも名場面になっている様に思います。

 

正史三国志の呂伯奢の記述

正史三国志における呂伯奢の記述を紹介します。

尚、呂伯奢が登場するのは、裴松之が拾って来た注釈の部分となります。

正史三国志の本文に呂伯奢は登場しない

先に述べた様に、呂伯奢が登場するのは正史三国志の注釈の部分であり、陳寿が書いた正史の本文の方に呂伯奢は一切登場しません。

ただし、曹操が董卓の元を離れ、陳留に向かった話があり、その間に呂伯奢一家惨殺事件があったとされています。

正史三国志の記述を見ると、何進が宦官に殺され、混乱を制したのが董卓であり実権を握りました。

董卓は曹操を驍騎校尉に任命しますが、曹操は董卓を嫌ったのか姓名を変えて逃げ出したわけです。

曹操は関所(虎牢関)を出て中牟を通過する時に、亭長に疑惑を抱かれ県まで連行されてしまいます。

街の中に曹操を知っている人がおり、頼み込んでくれた事で曹操は釈放されました。

この後に、董卓は何皇后と弘農王(少帝)を李儒に殺害させ、曹操は陳留に行き着くと挙兵し、董卓を責め滅ぼす計画を練ったとあります。

上記の記述が、曹操が董卓がいる洛陽から陳留に行くまでの記述であり、呂伯奢は一切登場しません。

三國志演義では曹操を捕らえた県令が陳宮となっていて、陳宮と曹操は逃亡する事になります。

 

魏書だと正当防衛

魏書によれば、曹操は董卓の計画は失敗に終わると判断し郷里に逃げたとあります。

この時に曹操は数名の共を連れており、旧知の間柄であった成皋の呂伯奢の家に立ち寄る事にしました。

しかし、呂伯奢は留守であり、呂伯奢の子らは食客らと共に曹操を脅し、馬や持ち物を奪おうとしたわけです。

この時に曹操は刀を手に持ち、呂伯奢の子ら数人を撃ち殺したとあります。

魏書に記述を信じるのであれば、呂伯奢の子が曹操に危害を加えようとした事で、曹操は呂伯奢の子を斬った事になります。

魏書を記述を見ると、曹操が悪いと言うよりも、曹操の行いは正当防衛にも見えます。

魏書の記述では、呂伯奢の子らは斬られて当然の部分もある様に思います。

魏書を見ると「呂伯奢一家惨殺事件」は、呂伯奢の子らの自業自得にも見え、曹操が悪い感じはしません。

 

世語だと曹操が疑心暗鬼になった!?

呂伯奢一家惨殺事件の世語の話を見て行きたいと思います。

世語によれば、曹操は呂伯奢の家に立ち寄りますが、呂伯奢が外出中だったわけです。

呂伯奢が家にいなかった点は、『魏書』も『世語』も同じとなります。

呂伯奢の5人の子が家におり、主人と客の間の礼儀もきとんとしていました。

しかし、曹操は董卓の命令に背いていた事もあり、呂伯奢の子の態度を見て「自分を始末するつもりではないか。」と考えます。

世語だと呂伯奢の子が恭しく迎えてくれた事で、曹操は逆に疑心暗鬼となった事になるでしょう。

曹操は身の危険を感じ、夜になると剣を手に持ち、呂伯奢の子ら8人を殺害して去ったとあります。

世語の記述だと呂伯奢一家惨殺事件は、曹操の疑心暗鬼から出たとも言えます。

尚、呂伯奢の子らが本当に曹操に対して、危害を加えようとしていたのかは不明です。

 

雑記だと反省する曹操

孫盛が書いた雑記では、曹操は呂伯奢の子らが、食事の準備をしているのか食器の音が聞こえてきます。

この時に曹操は世語と同様に疑心暗鬼となり、自分を殺すつもりに違いないと思います。

曹操はやられる前にやるべく、夜のうちに呂伯奢の子らを殺害したわけです。

しかし、世語によれば、曹操は呂伯奢の子らを殺害した後に、悲惨な思いにとらわれたとあります。

曹操は次の様に叫びます。

曹操「儂が人を裏切ろうとも、人が儂を裏切らせはしない。」

曹操は言い放った後に、立ち去ったわけです。

世語だと曹操は呂伯奢の子らを殺害した事に対し、反省している様にも見えます。

最後の言葉は後述しますが、強がりともとる事が出来るはずです。

 

三國志演義の呂伯奢一家惨殺事件

三国志演義の呂伯奢一家惨殺事件ですが、陳宮も絡めてドラマチックな演出となっています。

内容的には、『正史三国志』『魏書』『世語』『雑記』を合体させた様な内容です。

董卓の暗殺を狙う

曹操は董卓暗殺を企て、王允から七星刀を貰い受けます。

曹操は董卓の元に訪れ、呂布がいない隙に董卓を暗殺しようとします。

しかし、曹操が七星刀を抜いた時に、董卓にバレてしまいます。

曹操はとっさに、七星刀を董卓に献上すると述べ、窮地を脱しています。

呂布も董卓の元に戻ってきた事で、急いで曹操は都から脱出したわけです。

董卓の参謀である李儒は、曹操が董卓を暗殺しようとしたと見破り、董卓は曹操を指名手配としました。

 

曹操が陳宮に捕まる

曹操は中牟県まで来ますが、ここで県令をしていた陳宮に捕まってしまいます。

しかし、陳宮は曹操が只モノではないと見極め、官を捨てて曹操と共に逃亡しました。

曹操と陳宮は陳留を目指して逃げますが、途中で曹操の父親である曹嵩と親しい仲であった呂伯奢の家に立ち寄る事にしました。

ここから、呂伯奢一家惨殺事件に繋がるわけです。

 

酒を買いに行く呂伯奢

曹操と陳宮は呂伯奢の家に到着します。

呂伯奢は、曹操が指名手配されている事を知っていながらも、暖かく迎えてくれたわけです。

曹操が陳宮の事を話すと、呂伯奢は陳宮にも感謝の意を示します。

呂伯奢は曹操と陳宮に部屋でくつろぐ様に言い、自ら曹操と陳宮を持て成す為の酒を買いに出かけました。

 

勘違いで殺人

曹操と陳宮は部屋で休んでいましたが、砥石で刃物を研ぐ音が聞こえて来たわけです。

不審に思い曹操と陳宮は、音が鳴る方に向かいました。

すると、部屋の中から次の声が聞こえてきます。

「先に縛ってから、殺すとするか。」

曹操はこの声を聞くと、「これは罠だ。先手を打たねばやられる。」と述べ、剣を持ち部屋の中に突っ込みます。

曹操は部屋の中にいた男女八人を殺害してしまったわけです。

しかし、そこは調理場であり、太った豚が土間に転がっていました。

呂伯奢の家の者は曹操を殺すつもりではなく、豚を殺すつもりだったわけです。

陳宮は罪のない人を殺してしまったと嘆きますが、曹操は「殺してしまったものは、どうしようもない。」と述べ、陳宮を連れ去って逃げます。

 

呂伯奢も殺害

曹操と陳宮は逃げますが、呂伯奢が丁度、酒や野菜を買って帰ってくる所に出くわしてしまいます。

呂伯奢は曹操と陳宮を見ると、家に戻って休むように言いますが、曹操は指名手配されている事を理由に断ります。

曹操は去りますが、突如として馬を反転し呂伯奢の所に戻ります。

曹操は呂伯奢に向かい「あちらから来るのは誰か?」と述べると、呂伯奢は振り向きました。

呂伯奢に隙が出来た曹操は、すかさず剣で呂伯奢まで殺害してしまったわけです。

呂伯奢を殺害した事は、正史には出て来ませんが、三国志演義だと悪人の曹操を引き立てる意味があったのか、呂伯奢まで殺害した事になっています。

尚、横山光輝さんの三国志では、曹操が「呂伯奢の持っていた酒を持ってくるべきだった。」と述べているシーンまであります。

三國志演義では曹操のイメージでもある、乱世の奸雄としての姿を際立たせたかった部分もある様に感じています。

 

曹操と陳宮の亀裂

曹操が呂伯奢を殺害した事に対し、陳宮は次の様に曹操を詰りました。

陳宮「先ほどは、疑いにより呂伯奢の家族を殺害したが、今回のは一体何なのだ。」

曹操は次の様の答えています。

曹操「呂伯奢が家に戻り家人が死んでいる事を知れば、黙ってはいまい。

追手により我らは危害を加えられるやもしれぬ。」

陳宮は「知った上で殺すとは非道である。」と曹操を非難しました。

この時に、曹操は「俺が天下の者を裏切ろうと、天下の者が俺を裏切る事は許さん。」と述べた話しに繋がります。

陳宮は曹操の人物を判断し、寝ている曹操を殺害しようとも考えます。

しかし、寝ている曹操を殺したのでは、曹操と同じになってしまうと考えて、曹操の元を立ち去りました。

呂伯奢一家惨殺事件が、曹操と陳宮の因縁に繋がっていくストーリーに三国志演義ではなっているわけです。

羅貫中が描いた三国志演義では、正史三国志の記述を元に、ドラマチックな演出がなされていると言えるでしょう。

 

俺が人を裏切ろうとも、人に俺を裏切らせはしない

正史三国志の注釈にある雑記の「俺が人を裏切ろうとも、人に俺を裏切らせはしない。」の言葉は、三国志演義でも使われて名場面となっています。

しかし、実際の曹操を見ると、裏切ったはずの陳宮を許して、自分の配下に加えようとしています。

さらに、昌豨(しょうき)は何度も曹操を裏切りながらも許しているわけです。

それを考えると、曹操の「俺が人を裏切ろうとも、人に俺を裏切らせはしない。」という言葉は、若かりし頃の曹操の強がりとも感じます。

決して、曹操は裏切った者に対して、容赦ない人物でもないのでしょう。

 

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