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構成・文/宮下悠史

三国志 後漢

劉元起は若き日の劉備の才能を見抜いた人物

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名前劉元起(りゅうげんき)
後漢
生没年不明
コメント若き日の劉備の才能を評価

劉元起は若き日の青年劉備の才能を、見抜き資金援助した人物です。

正史三国志の先主伝にも、劉備と同族の劉元起が資金を提供した話が残っています。

劉備の祖父である劉雄は、孝廉に推挙されるなど、人々から一目置かれる様な人物でした。

しかし、劉備の父親である劉弘が早くに亡くなってしまった事で、劉備の家は劉雄の時代程は振るわなくなってしまったのでしょう。

こうした劉備の一家に対し、救いの手を出したのが同族の劉元起であり叔父の劉子敬だったはずです。

今回は劉備の才能をいち早く見抜き、劉備に盧植の私塾に通わせた劉元起の解説となります。

尚、劉子敬と同様に、劉元起の「元起」は名前ではなく、字とする見方が強いです。

 

劉備と同族

正史三国志の記述によれば、劉元起は劉備と同族だとあります。

しかし、劉備との関係性はイマイチ分かってはいません。

劉備の祖父である劉雄か、父親の劉弘と兄弟だったのかも知れません。

劉備は「皇帝の車に乗りたい」と述べて劉子敬に叱られた話がありますが、叔父の劉子敬が劉備の育ての親だった様に感じます。

それに対し、劉備を資金面で最もバックアップしたのが、劉元起だったのでしょう。

 

劉備の才能を見抜く

劉備の父親である劉弘は、自分の息子である劉徳然と共に、劉備を盧植の元で学問を学ばせた話があります。

盧植は儒学者として名が通っている人物です。

しかし、盧植の能力は儒学だけに収まらず、後に起きた黄巾の乱では、張角の本隊を追い詰めた軍才を見せています。

それを考えると、盧植から学問を学ぶというのは、望んでも出来ない様な事だったはずです。

盧植から学問を学ぶには、大金が必要だった事は想像に難しくはないでしょう。

劉元起は自ら資金で劉備を息子の劉徳然と共に、盧植に学ばせています。

この時に、劉元起の妻が、劉備に対して気前が良すぎると感じたのか、次の様に述べています。

劉元起の妻「我が家と劉備の家は別々で邸宅を構えているのに、どうしてそんなに親切にする必要があるのでしょうか」

劉元起の妻は、劉備に大金を使う必要はないと考えていた事が分かります。

これに対し、劉元起は次の様に述べています。

劉元起「我が一門に劉備がいて、劉備は並大抵の能力の持ち主ではないからだ」

劉元起は劉備の能力を高く評価し「将来は大物になる事は間違いない」と考えていた事が分かります。

劉備は正史三国志では物静かな性格をしていたとかありますが、子供の頃から才気がずば抜けていたのでしょう。

多くの方が知っている様に、後に劉備は曹操、袁紹、呂布劉表と群臣の間を潜り抜けて、最後は皇帝にまでなっています。

しかし、劉元起も劉備がまさか皇帝になるとまでは、思っていなかった様に感じています。

 

劉元起が劉備の道を開いた

劉元起は劉備に資金援助し、盧植の元で学問を学ばせました。

正史三国志を読むと劉備は「馬」と「犬」を好むなどの記載があり、儒学者の盧植の弟子か?と思える様な行動も見受けられます。

しかし、盧植の弟子となった劉備は、ここで公孫瓚と知り合う事となります。

董卓が洛陽から長安に遷都した時に、関東では袁術派と袁紹派で分かれて戦う事となりました。

この時に劉備は袁術派の公孫瓚の元に身を寄せており、劉元起が資金援助しなければ、劉備は公孫瓚の元で重用されなかった可能性もあるでしょう。

それを考えると、劉備が成り上がる上で、最初の助走の役割を果たしたのが、劉元起だと感じました。

 

劉元起の評価

劉元起は劉備のよき理解者だったはずです。

前漢で劉邦配下の謀臣として活躍した陳平がいますが、陳平の兄の様な役割を劉元起は果たしたと言えるでしょう。

陳平の兄の妻は働こうとしない陳平を追い出そうとしました。

しかし、兄は陳平の能力を高く評価し、逆に妻を追い出してしまった話があります。

劉元起が妻を追い出した話は聞きませんが、劉元起には陳平の兄と同様に人を見る才能があったと言えるでしょう。

ただし、正史三国志で劉元起の名前が登場するのは、劉備の事が書かれている蜀書の先主伝に僅かな記述があるだけです。

尚、劉備は後に皇帝になりますが、この時まで劉元起が生きていたという話しも聞きません。

さらに言えば、劉備に投資したお金が戻ってきたのかも不明です。

息子である劉徳然も、その後の行動が不明であり、劉備から恩恵を受けたのかも不明だと言えるでしょう。

それを考えると、劉元起は劉備が成り上がるきっかけは作りましたが、投資金を回収できたのかは分からないと言えます。

しかし、劉備は旗揚げの時に馬商人の張世平と、蘇双が資金提供しました。

劉備は提供された資金で人々を集め、関羽張飛も仲間になっています。

それを考えると、劉元起の眼力以外にも、劉備の不思議な魅力に惹きつけられたとも言えるでしょう。

劉備は曹操に比べると能力が劣っていると見られますが、一般人と比べてみると、一般人を圧倒するだけの能力の高さを持っていた様にも感じました。

劉備もやはり傑物だと呼べるはずです。

 

参考文献:ちくま学芸文庫 正史三国志蜀書

 

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