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構成・文/宮下悠史

古代オリエント

【ウルク】文字の歴史が始まった都市

2021年2月24日

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ウルクは、シュメール人の都市であり文字が始まったとも考えられています。

ウルクの歴史は古くメソポタミア南部のバビロニアにあり、紀元前6500年には始まったとされるウバイド文化の頃から、ウルクには定住が始まっていた事が分かっています。

ウルクの名称は、メソポタミア中部にいたアッカド人が呼んでいた名前であり、シュメール語だとウヌグとなります。

ウルクは西暦634年にアラブ人の侵攻により、都市が放棄され滅亡しましたが、3000年以上も続いた伝統ある都市です。

紀元前4000年頃から紀元前3100年頃までをウルク文化と呼んだり、ウルク期と呼び世界で最も繁栄した都市だったとも考えられています。

因みに、ウルクからトークンなる文字の原形が生まれ、トークンが進化しウルク古拙文字となり楔形文字が誕生しました。

ウルクから文字の文化は始まったと考えるべきでしょう。

尚、シュメール人の土地と言えば、ラガシュ、ウル、ウンマなどもありますが、それらの都市に先駆けてウルクは発達する事になります。

 

ウルクの都市

ウルクの都市構成として「アヌのジックラト地区」とイナンナ女神の聖域エアンナ地区の二つから成り立っています。

イナンナ女神はシュメール人の間で長く信じられてきたメソポタミア最大の女神です。

ただし、イナンナの女神は愛と豊穣の女神というだけでなく、破壊と戦争の女神という役割を持つのが特徴です。

シュメール人達は、戦争と不妊は人間が増えすぎない様に神々が定めたと言う思想も持っており、女神イナンナに反映されたのかも知れません。

尚、ウルクは円型の都市であり都市の周りには城壁があった事が分かっていて、伝説ではギルガメッシュ王が城壁を築いたとされています。

ウルクはユーフラテス川の付近にあり、交易を円滑にする為に、植民都市まで持っていた事も分かっています。

ウルクのシュメール人達は、アヌマス山脈の木材やタウルス山脈の銀などを植民都市やユーフラテス川を利用しウルクに運んでいたのです。

 

ウルクで文字が生まれる

ウルクは交易が盛んになり、文字が誕生したと考えられています。

楔形文字の原形は、トークンと呼ばれる小型粘土製品であり直径は2ミリほどでした。

ウルクからは初期の文字で書かれた記録も発見されていますが、解読された物の大半は家畜や穀類、土地などの会計の記録です。

文字は会計の記録から始まったと考えられています。

ただし、初期の頃の文字にはバラつきがあり体系的に整えられてはいませんでした。

ウルク古拙文字が楔形文字として体系的に整えられたのは、紀元前2500年頃だとされています。

葦で粘土板に書けるペンが開発された事で、楔形文字は普及していく事になります。

尚、楔形文字で書かれたギルガメッシュ叙事詩などは今でも有名であり、後世に残っています。

ギルガメッシュ叙事詩は、アッカド版やヒッタイト語など、多数の言語にも訳された話もあるほどです。

因みに、文字が誕生した事で先史時代から文字で歴史を残す有史時代に突入する事になります。

 

実在したウルクの王

シュメール王名表が残っていて、ウルクは第五王朝まであった事が分かっています。

ウルク第二王朝のルガルウレは紀元前2400年頃に実在したとも考えられていますし、ウルク第三王朝ルガルザゲシも実在したと考えられています。

尚、ルガルザゲシはラガシュを滅ぼしウンマからウルクに遷都し、初のシュメール人達の統一にも成功したともされています。

因みに、シュメール人達によるメソポタミア統一はアッカド帝国崩壊後のウル・ナンムによるウル第三王朝まで待つ必要があります。

ウルク第五王朝のウトゥへガルは紀元前22世紀後半の人物であり、シュメール人達をグティ人から解放するなど活躍しています。

ウトゥへガルの時代はウル・ナンムによるウル第三王朝の設立間近の時期の王だとも考えられています。

 

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